女性専用風俗 東京秘密基地本店 (出張専門) | コロナ禍で思い知ったこと

YURITO(ユリト) コロナ禍で思い知ったこと
️これは僕がコロナ禍の時に書いた日記です

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コロナ禍で浮き彫りになったのは、「人は人と会って話がしたい生き物である」ということなんじゃないか。
1日だけでも、人と全く話さないと気が狂いそうになる。
昔のヨーロッパの人体実験で、生まれた子供に笑顔や声かけをまったくしなかったらどうなるか、みたいなことがやられていた。今は倫理的にどうなの、ってことでやってないらしい。
結果、十分な食事や休息を与えられているのにも関わらず、無視され続けた子供はすぐに死んでしまったらしい。

SNSがこんなにも急速に発達したのも頷ける。人とのつながりを、皆無意識のうちに求めている。

同居しているパートナーや家族がいれば、自分が誰かに必要とされる状況が自然にできるワケで、自己肯定感が無限に生み出せる。単純なことだ。「誰かから愛されたい」=「誰かから必要とされたい」=「自分が存在してもいいと思いたい」

人とのつながりがないと、自分は存在していてもいい、って思えないんじゃないか。

コロナ禍でも毎日早朝の老人ラジオ体操集会はやっているし、老人卓球クラブも人数制限はしているものの絶賛稼働中だ。
誰よりもコロナを恐れているのに。

老人は多分、人とのつながりを、赤ん坊の次に必要としている生き物だろう。
老人が1人で一日中いたら、自分の死を現実的なものとして捉えてしまい、怯えるはずだ。
一説によると、認知症っていうのは、「間近に迫る自らの死に対する恐怖を認知せずにいられるようにする」という防衛本能が生み出したモノ、らしい。
怖いものが見えないようにボケる、ってこと。
ただの説だし証拠ないけど、説得力あるなと思った。

なんとも不憫な生き物じゃないか。

不穏患者もそういう理由で暴れるんだろうなあ。怖くて怖くて仕方がないんだ。かわいそうだなあ。

多分誰とも話さなくなったら両親だってすぐボケそうだから、早めにアレクサ買ってあげないとな。

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