4/6 03:22 UP!
初出勤〜いつもの風景〜
蛇口を目一杯捻って冷水のシャワーを浴び、靴紐をきつく結ぶ。
ぷしゅ、と炭酸が抜けたような音がして、オートロックのドアが開くと、外の空気が鼻腔を通り抜けていくのを感じた。
「少し冷たいな」
心の中でそう呟いて、灰色の空を眺めてみる。見事なまでの灰色一色。
視線を下ろしていくにつれ、徐々に情報量が増えていく。派手なタイル張りの雑居ビル、大通り沿いに並ぶ街路樹の痩せた枝、路上駐車されたどこかの会社の営業車……
いつもの風景だった。
もう何度見たかも覚えていない、家を出るたびに嫌でも目に入ってくる、平凡で退屈な光景。
どうやら脳のニューラルネットワークは、それらを数ヶ月続いた冬の印象と紐づけてしまっているらしい。
憂鬱だ。
ふと、そう思った。
昔学校をずる休みしたときの記憶が蘇る。
誰もいない家で布団に包まってひたすらアニメを観ていた、あの日の奇妙な幸福感が恋しい。
足先は大通りに面した自宅マンションの敷地内でぴたりと止まっている。
先へ一歩でも踏み出せば、そこにあるのは現実なのだ。
感傷も理論も通用しない、リセットボタンすら用意されていない、単純で残酷な世界。
そんな現実の前では、自分なりの努力や積み重ねなんて、一吹で消えるマッチみたいなものだろう。
不意に一本の並木が視界の端に留まった。
大通りから逸れた路地沿いの、今にも折れてしまいそうな痩せた枝を空へと伸ばす木々のひとつに、鮮やかな桜が爛々と芽吹いていた。
いつもの風景、退屈な日常。
しかし、そこには確かに時間がながれている。
誰かの努力が、手痛い失敗を幾度となく繰り返しても挫けなかった積み重ねが、やがて実を結ぶときに不意に輪郭を見せる、あの時間と同じものが。
少しの緊張と、不思議な高揚とに駆り立てられるように、僕は先へと歩きはじめた。一歩、そしてまた一歩―――
※この物語はフィクションです。
ぷしゅ、と炭酸が抜けたような音がして、オートロックのドアが開くと、外の空気が鼻腔を通り抜けていくのを感じた。
「少し冷たいな」
心の中でそう呟いて、灰色の空を眺めてみる。見事なまでの灰色一色。
視線を下ろしていくにつれ、徐々に情報量が増えていく。派手なタイル張りの雑居ビル、大通り沿いに並ぶ街路樹の痩せた枝、路上駐車されたどこかの会社の営業車……
いつもの風景だった。
もう何度見たかも覚えていない、家を出るたびに嫌でも目に入ってくる、平凡で退屈な光景。
どうやら脳のニューラルネットワークは、それらを数ヶ月続いた冬の印象と紐づけてしまっているらしい。
憂鬱だ。
ふと、そう思った。
昔学校をずる休みしたときの記憶が蘇る。
誰もいない家で布団に包まってひたすらアニメを観ていた、あの日の奇妙な幸福感が恋しい。
足先は大通りに面した自宅マンションの敷地内でぴたりと止まっている。
先へ一歩でも踏み出せば、そこにあるのは現実なのだ。
感傷も理論も通用しない、リセットボタンすら用意されていない、単純で残酷な世界。
そんな現実の前では、自分なりの努力や積み重ねなんて、一吹で消えるマッチみたいなものだろう。
不意に一本の並木が視界の端に留まった。
大通りから逸れた路地沿いの、今にも折れてしまいそうな痩せた枝を空へと伸ばす木々のひとつに、鮮やかな桜が爛々と芽吹いていた。
いつもの風景、退屈な日常。
しかし、そこには確かに時間がながれている。
誰かの努力が、手痛い失敗を幾度となく繰り返しても挫けなかった積み重ねが、やがて実を結ぶときに不意に輪郭を見せる、あの時間と同じものが。
少しの緊張と、不思議な高揚とに駆り立てられるように、僕は先へと歩きはじめた。一歩、そしてまた一歩―――
※この物語はフィクションです。